何もわからずに独学でこの釣りをはじめた私たちが、毎回毎回、坊主を繰り返しながらやっとわかったこと・・・それは「釣りは仲間同士で出かけることが一番楽しい」ということでした。

釣果よりも仲間たちとワイワイと楽しむ事が最高の釣り遊び、そう思いながらも・・・あまりの貧果に「一生に一度しかお目にかかれないような大物(BIGONE)に出会いたい!」と願いました。その願いと言うよりも悲鳴に近い気持ちが、そのままクラブの名前になりました。
 
3人でもBIGONE!←大げさな名前!笑いのネタにされながらも性懲りもなくクラブ設立。Web site を公開、「Nao's room」という名前でバイクと釣りのコンテンツ公開開始。
初めてライフジャケットにクラブのマークをつけて釣り場へ・・恥ずかしくって照れくい。この頃、堤防や地磯から舞台を沖磯へ移す。
BIGONEのマークが偶然の賜物の中から・・失敗作より誕生!以降おたまじゃくしと呼ばれ、名物トレードマークになる。
Web siteの名前を変更 「Opa site」という名前でバイクや釣り情報を配信。
インターネットで本格的にクラブ員を募集!まったく反応なく・・3人でもBIGONEで・・・案の定・・開き直る。
Web site BIGONEという名前で房総半島の釣り情報を中心に配信。同時期にバイクサイトを(乗人のりんちゅ)を閉鎖(4年間)
BIGONEに新メンバーが参入「もえ・ちゃび・Yoshiy」本格的なクラブとしての活動が始まる。
Websiteの名前を The cyber anglers anglers site ISO-GO! 磯へ急ごう!へ変更。
本格的に離島へ足を伸ばす、クラブの遠征で幻の名礁イナンバ遠征を実施。
金谷にて黒鯛大会(習志野スポーツ杯)を開催。
第1回BIGONE CUPを開催、他のクラブを招いて大会開催を実施。
ウキ工房千葉主宰 伊豆大会へ参戦:長谷川氏優勝。
第2回関東メジナトーナメント(神津島)へ参戦、長谷川氏が見事に3位入賞。
第2回 BIGONE CUPを白浜にて開催。他クラブを招き合同大会として実施、PUUが総合優勝。
おぱ、MFG関東(マルキューを応援する会)の役員(広報部)に広報部運営役員として就任。
海防訓練(救命訓練)を実施(千葉日報社掲載)
関東圏のトップトーナメンターを集めて開催される第1回神津島メジナダービー(神津島)にてOpaが総合優勝。
神津島ファイナルスピリット杯で海春4位、ウニマサ5位、などクラブメンバーも大活躍。
第1回年間例会 MASTER BIGONE GPを開催。
第1回BIGONE MASTER GP終了、おぱが総合優勝。
関東クラブ対抗選手権大会に出場
東レカップ関東予選に出場(おぱ次点入賞)
おぱが東レインターナショナル フィールドスタッフとして就任
おぱがマルキューフィールドスタッフとして就任
東レカップ関東予選参戦(ケンケン次点入賞)