まずは始めに申し上げておきましょう・・この日の宴会は結構静かに始まりました・・途中で石田船長が参加してから雲行きが怪しくなり極めつけは船長の奥様が同席なされてからが狂気の世界となりました。。

確かに!うちのメンバーは酒が強い!そして好きである!が!!しかし!!そののみっぷりはまさに鬼神の如く!ビールを開け放つな否や日本酒が飛び出しそして神津島の名物泡盛が登場・・もうこの頃からなんだか分からない世界。。唯一救いだったのは疲れていたシミちゃんが思いのほか早めにダウンしたため今回はつばきやで馬マスクや豹柄パンツが飛び出なかったのが救いである。石田船長の奥様がいらっしゃる前でそんなことしたら・・・奥様大喜びで更に地獄?・・・・っしっ失敬!奥様は怒って退席されてしまうかも知れない。そんな状況の中メンバーから一人倒れ二人倒れのサバイバル宴会は続くのであった・・。
いつからこんな悪い子になったのか・・・すっかり奥様に徹底的に飲まされて上機嫌で殆どキャバクラ状態のおぱ・・・。その横では「新宿の磯はかなり荒波だけど大物が釣れてうひょひょひょひょ!!」などと奇妙奇天烈な話で盛り上がる船長・・・。挙句の果てに「おい!おぱさん!明日は新宿のエボシに乗るぞ!それとも六本木の平段か!!??」なんて言い出す・・予断だが。。石田船長は結構男前だから、六本木や新宿の磯では結構いい釣果を上げそうだ・・ってなに言ってんだ!!俺は!

この宴会は果てしなく続き・・翌日、釣りどころで無い状況下二日酔いで即死者2名・・重体1名を出す大惨事となった。言うまでも無く・・船長も危篤状態でも操船であった・・。

さて・・おぱを良く知る方々はすでに薄々感じていると思われるが・・今回の釣行記は実に釣りの話が少ない!まるで「つりバカ日誌」を見ているようだとも言われるかもしれないが・・要点だけを簡潔に申し上げよう。

前日の修羅場をかろうじて生き延びたおぱは広報担当でありながらその職務を全うすることが不可能な状態にあった。つまり仮死状態とでも言おうか危篤状態とでも申しあげたらよいか・・つまり世間で言う「二日酔い」の境地に立たされていたのである。「即死で釣りすら出来なかったゴエとは違う!」と言いたい所だがかろうじて釣りはしたものの殆ど死んでいたのである。

結論から申し上げるならば、写真が取れなかった・・いいや・・良く状況が把握できなかった・・つ・ま・り・・・記憶が無かったと言うことだ。。

朝一番にゼンシンに乗って一発目に大物をバラシたのはかすかに覚えているがその後のことは良く覚えていない・・それでもクラブの広報として釣りをしないという醜態だけは見せたくなかったので何とか竿は出したがおかげで二日目の写真などは一切無い・・なんの言い訳も申し上げまい!!平に平に謝罪いたし間する〜〜。

二日目の釣行では、おぱと浜ちゃんがゼンシンに乗って、モエ&PUU達底物組が連日の二八にチャレンジ、そしてその他のメンバーは強風を押して恩馳へ・・。結果恩馳ではチャビが40アップのメジナを前日に続き仕留め、2日間とも竿頭はチャビ!完全勝利を収めた!!・・・・・らしい・・。その他、クロさんがシマアジをたくさんと30センチくらいのメジナをたくさん持っていた・・・Yoshiyはイスズミの猛攻に合いながらも頻繁に竿を曲げ満足したようだ二八のメンバーにもっとも期待がかかったが「特にPUUには連日のニョロげっちゅ!」の大きな期待がかかった!「今日は!赤いの!頼むぞ!」とか散々言われていた・・。私はほぼ危篤状態の中、休憩を繰り返し浜ちゃんが作ったポイントにほんの僅かな時合で30センチクラスの尾長メジナをパタパタと釣って遊んだ・・・ようだ・・。二日目は台風の影響で風も強く多少うねりも有り早上がりとなったが悪条件と修羅場をくぐりぬけた割には皆、それぞれ楽しんでいたと信じたい。

今回の釣行は、初の一泊遠征で予定通り即死者をだし予定通りの結末となったが・・得るものが多かった釣行と感じている。石田船長の人柄に触れ更に海央丸に対しての愛着を深めたことも収穫であったし、神津島のポイントや磯のこともたくさん教わった。また、つばきやでの食事は大変美味しく、舟盛に出てきた青ダイは貴重な魚だと聞いた。次回の宿泊遠征では夜のコマセは程ほどにしようと心に誓うもののきっとまた同じだろうと不安になりながらも期待する変なおぱであった。

この遠征において、価格面や磯私などでお世話になりっぱなしだった海央丸さんにはこの場を借りて深く御礼申し上げるとともに新宿の磯釣りを実現させたいと思う。