父さん・・・・・・・・。
僕は今・・・・神津島にいるわけで、それは言うなれば決意でもあり・・・ともすると竿納めとも言われてしまうかも知れないことなんだけど、でもひたむきに釣りがしたいと思ったわけで・・つまり、そこに理由なんかなくて、ただ単純に魚を・・いいやメジナを釣りたいと思っただけに過ぎず・・・ともするとずるいとも思ったりもしたけど・・・・我慢が出来なかったわけで・・・でも神津島はちっぽけな僕を打ち砕くのも喜ばすのも簡単で・・・・ここ祈苗はそんな僕を笑うようにいつのまにか冬になっていた・・・・・。



・・・早速、話は始まりますが、僕は今回、なんとなくレポートの趣向を変えて見たわけで、これは決して今日TVで「北の国から」がやっていたからではなく、神津島がこうさせたわけで・・兎にも角にも・・まずは今回の釣行は事実上何の疑いも無い「竿納め」であって、同じ竿納めならやっぱり魚を釣りたいと思うのが本心であって・・・神津島へ向かった事は本能的な流れな訳で・・その日・・僕達は「横瀬本場」へ渡ったのでした。

その日は、回復が遅れた天気がまるで僕の邪魔をするように、南西風を吹き付けていて・・事実、前夜ぎりぎりまで神津へは行けないと思っていたのであって、予報が変わって「北の風」に変わったときは、すごく喜んだわけで、ゴエはいつものようにニタニタを繰り返し、PUUに至っては、もうすでに釣ったような気分になっていたのも事実で・・モエなんかは・・愛車を出した甲斐があったと言い出す始末で・・僕達は本心で浮かれていた・・。


でも・・そんな僕らの期待はあえなく砕かれて・・実際は「西」の強風が吹き荒れていて・・ともすると台風のような突風も吹く始末で・・僕達は完全に打ちのめされた。それでも今年の最後の釣行という強い思いもあって「横瀬」では一生懸命頑張ったわけで・・でも正面からの突風と強い当て潮で釣りにならないわけで・・・僕が最初にメジナに出会って以来・・生体反応がなくなり数時間後、イサキを上げたのと↑の写真の「ブダイ」をゴエが釣ったのを最後に僕達は深い・・悲しみに陥った。

そんな矢先に10時の見回りに「海央丸」がやってきたわけで。僕達はすがるように今の実情をなんのためらいもなく話した・・。「磯替えする?」「う〜〜ん何処が空いてるの?」「平段が空いてるよ!」これは言うなればテンの声であって、あたかも今日の釣りはこれから始めると思うようなことであって・・僕達は何の疑いもなく「磯替え」を決めた。

それから僕達は「磯替え」のために一路、「平段」へ向かった。。でもいたってよくあることだけれどもすでに「平段」は、あたかも飴に群がるありのような状況で・・それは誰に言わせても「平段」が空いているという話は何処に行った?ってことになるわけで、ともすれば怒り出してもおかしくない状況な訳で・・・結局僕達は「カド」という場所の腹の部分の尋常ではない足場の悪い場所に下ろされた。

この場所では言うまでもなく足元がズルズルとすべり、所謂、フェルトスパイクの僕の足元もおぼつかないほどすべり、非常に危険であった。当の海の状況はと言うと・・・沖向きは、大サラシで洗濯機状態であり、投入した仕掛は言うまでも無く落ち着くわけも無く、沖向きでは釣りが出来ない状況。内向きは竿が出せる場所が無く。いうまでも無く僕とモエはあぶれた・・チャビとゴエは内向きで粘ってみたりするが、左の写真のようにここも洗濯機化して、僕達の「竿納め」は決定的なものになった。そんな僕達を絶望的な気分にさせた出来事は・・回収する付け餌が凍ってしまいそうに冷たかったことであって、これはまぎれなく水温の急低下を物語っているわけで・・その後数時間。付け餌はそのままの状態で残ってきた。

「神津島で竿納め」は僕達の夢であったわけで・・年末の最後の釣りを高笑いで終わりにしたいという気持ちであって、決して正月用の魚をたくさん確保したいと言う訳ではなくて、それでもいつも以上に期待して大漁を夢みていたのも事実で、逆に今回の仕打ちと盆果はあまりにもショックなわけで、さすがに帰り道の車の中では凹んだのはいうまでもなく。帰りの「駿河の癒」での休啓は傷の舐めあいのような寂しいものになった。

沼津の通称「干物通り」に横浜ラーメンが出来たのには、正直ボクも驚いたわけで、迷わず立ち寄ったのは言うまでもなく、しかし、今のボクには温かいラーメンでさえも心の冷たさは暖めてくれる訳もなく、美味しいスープがやけに心にしみた。

父さん・・・・・。
ボクは坊主が怖かったんだよ・・それはともすると「逃げていた」ともとられるわけで・・房総でさお収めをしなかったのは・・そんなボクの弱い心と自信のなさを正直に受け入れられなかったとも言えることで・・

神津島で2003年の有終の美を飾ろうなんて言いだしたのは、そもそもボクであってモエちゃんには「腕が痛くなるまで釣ろうぞ!」なんて言い出す始末で、まったくボクは恥ずかしいのとむなしいのと今、複雑な気分です。でも、言い訳を強いて言うならば、西風の強風で釣り場所が限定されたこと西の風で水温が一気に5度も下がったことそして潮が動かなかったこと・・こんなウソのような悪条件がいっぺんに重なっちゃったと言わせてください。でも今年一年はこんなことばかりの釣行でした。クラブの行事で満足な天候で出来たことは一度もなく。人数がある程度揃って気合を入れれば入れただけ海は期待を裏切る訳で・・ともするとこれは呪われているとも言うべきことで、これを誰のせいとか疑ったりするわけで・・・結局「俺かい!!」って行き着いてしまう自分が情けなくて。。今回の神津島釣行は、とてつもなく大きな期待を胸に出かけたのでなおさらショックは大きく・・またメンバーの皆さんにも「景気の良い報告を!」と意気込んで出かけたのでわが身に起きた現実にしばらく現実逃避をしたくなるような心境でした。現に帰りのお風呂での私はマッサージなど受けながら釣りに来たこと字体を忘れようと懸命だった・・(笑。兎にも角にも、有終の美どころか・・リベンジという遺恨を残した竿治め釣行になってしまいました。年明けにリベンジを近い竿をむなしく収めました・・とほほほ。



父さん・・・。
もうすぐ2003年が終わろうとしているわけで・・・・。今年は特別記念に残るような釣果はありませんでしたが、いい年でした。素晴らしいメンバーとめぐり合えてBIGONEも積極的に活動が出来るようになり、釣り仲間の人脈も広がりました。神津島遠征を筆頭に大会や例会も開催しました。なにぶんようやく動き出したとしか言い様のないクラブだから中身や密度は薄いですが・・一年間仲良く釣りが出来たのは嬉しい限りです。所帯ばかり大きくなってしまった2003年度・・2004年度の課題として・・来年は例会やクラブ内ランキングまたイベント(大遠征釣行)の充実、広報活動や人事体制の見直しを課題にさらに素晴らしい活動が出来るようにしたいと思います。兎に角、当初から少数精鋭を掲げてきたクラブであるので、あまりにも所帯が大きくなって内容が伴わないというようなことがないようにしたいと心から願います。

CLUB BIGONEのメンバーの皆さん。一年間お疲れ様でした。来年度は更に「楽しく愉快に・・そしてメンバーの皆さんの全てがクラブを大切に思って頂けるような活動が出来るように頑張りましょう!